雨上がりの空に―わたしの不登校経験談―

とある大学院生の不登校経験談を、ゆるっとマイペースに綴ります。

怒りの限界。

それからも体調が悪い時期はずっと続き、イライラが募る日々でした。

そんなある日、父に靴の踵を踏んでいたのを注意されただけで思わず「うっせーな」と言ってしまい*1、「出ていけ!」と怒鳴られました(笑)
わたしは冷静に「お前が出てけや」言いました(笑)そして部屋に閉じこもりました。そこから全く、わたしは父と口を利かなくなりました。ご飯もわたし一人だけ自分の部屋に閉じこもって食べるようになり、それ以降は極力父と顔を合わせないように暮らすようになりました。

 

今までずっと抑えていましたが、父のことは正直あまり好きではありませんでした。わたし(と母)の気持ちを理解しているようで理解していないことが、とにもかくにも多すぎたのです。以下、その一部のエピソードを簡単に紹介します。


・中学受験&高校受験の時、わたしの受験校を勝手に決めたり、願書を書いたり、入試直前の勉強のスケジュールを立てたり、さらには入試当日に仕事を休んでまで入試会場までついて来ていた*2

 

・高校で不登校になったとき、

「塾は行けるのにどうして学校へは行けないのか。学校を予備校だと思って行くのはどうか」

「今まで悲しい涙ばかり流してきたから、今度は受験に合格して勝って泣きましょう」

というような、わたしに登校をうながすメールをほぼ毎朝送ってきていた。

 

 ・不登校になって、ずっと家にいたわたしに山ほど参考書を買ってきた。「自分が世界史を選択したから、お前も世界史をやるだろう」と、世界史のテキストを大量に渡された。


・そして勝手に勉強の計画を立て、挙げ句の果てにテスト問題まで作り出した。*3

 

 ・高1のとき、「この授業に出席しないと単位がなくなり、留年(退学)が決まる」という授業があった日、わたしをどうにかして登校させるためだけに仕事を休んだ。頑なに学校に行こうとしないわたしを見た父は逆上し、無理やり服を脱がせ制服を着せようとしてきて過呼吸になった。そしたら「なんでお前はいつもそうやって過呼吸になるんや!」と言うので号泣した*4

 

mixiの日記に「自分は毎日汗水たらして働いてるにもかかわらず、娘は一向に学校に行かない。そんな娘に対して妻はなにもしない」みたいな愚痴を延々と書き記していた*5

 

まあ~ひどい!(笑)わたし(と母)のことを考えているようで、全く考えられていない、結局は自分の自己満でしかない行動の数々にわたしはこの17年と少し、ずっとうんざりしていたわけです。
けれど、それらがどんなにいやでも、わたしはそれを「いやだ」と口にすることはできなかったんですね。それは自分を思ってやってくれていることだとわかっていたし、いざ口にしたら、家族の誰よりも弱いメンタルを持っている父が参ってしまうのが目に見えていたからです。
だから、どんな形であれ、こうしてやっと父に反抗できたことはものすごーーーーく嬉しかったです。これで父がどうなっても良いと思ったし、何なら今までの行為の数々を反省してもらうために、自分の気持ちが落ち着くまではしばらくこのままでいさせてもらおう!と思っていたくらいでした。まあでも、そんな状況がこの先2年も続くことになるとは、わたし以外の誰も思ってなかったと思います(笑)

*1:誤解を招くと嫌なので一応言っておくと、決して普段からこんなに口が悪いわけではないです(笑)

*2:きっと父は、自分が果たせなかった受験の成功体験をわたしにどうしても味わわせたくて必死だったのだと思うし、だからわたしはずっと学歴主義的な価値観から抜け出せずにいたのです。

*3:しかもそれを当時の担任が褒めるもんだから、正直たまったもんじゃなかったですね(笑)

*4:あえてさらっと書いてるけど、じつはこの日は「不登校になって一番つらかった日」というくらい、ほんとにえぐい日でした。今でも思い出すだけで吐きそう~。

*5:家族共有のタブレットを使っていたとき、偶然この日記が目に入ってきて泣きました。なんでちゃんとログアウトしてから電源オフにしないの。