雨上がりの空に―わたしの不登校経験談―

とある大学院生の不登校経験談を、ゆるっとマイペースに綴ります。

なぜ人は学校へ行くのか。

「なんで学校に行かなきゃいけないんだろう」ということは、高校で二度目の不登校を経験してからずっと考えていたことでした。
「社会に出たときのため」と言っても、学校で教えてくれることなんてたかが知れてるし、学校では教えてくれないこともたくさんあります。


というか、みんなそもそも何が楽しくて学校へ通っているのでしょうか。
友達と話すのが楽しいからなのか、好きな人がいるからなのか、部活が楽しいからなのか、、、。まあ中には、「何の楽しみもないけど行かなきゃいけないから行ってる」という人もいるだろうし、むしろそういう人がほとんどなのかもしれないですね。

わたしも昔はそうでした。だから中学で不登校になった時も「行かなきゃ」とずっと思っていたし、高1の時もそう思ってました。


ですが、1年前に体調を崩して勉強ボイコットを始めた辺りから、考えがめっきり変わったのです。
「なんで行かなあかんの?行きたくなけりゃ無理して行く必要なくない?」


それが自己中でしかないことはわかっていましたし、学校に行けない(行かない)わたしを否定してくる人は、中学の頃からほんとうにたくさんいました。
でも、そうなった過程も知らずに否定しないでほしかったし、ましてや高校は義務ではないから行ってない人もいるわけで、それは個人の自由だと思います。


たしかに義務ではないから、高校へ行くことは「自分で選んでそうしてる」ので、「だからこそその選択に責任を持て」という意見はもっともだと思います。でも、何も知らない他人にとやかく言われる筋合いはないとも思います(笑)


進む道はみんな人それぞれ。わたし以外にも不登校の子どもはたくさんいます。

今や35人に1人*1不登校と言われている時代。なんで学校という括りに縛られないといけないのだろうか、、、と思いました。


不登校のことを全員に理解してもらおうなんて思いは全くありませんでしたし、同情もいらないと思っていました。

でも、理解しようとはしてほしかったし、何より否定されたくなかったんですよね。

とはいえ、それが一番難しいことだというのは当時のわたしもよくわかっていました。だからこそ人にあまり悩みを相談できず、一人で全部抱えて辛い思いをしていたのだと思います。


「自分が不登校になる」ことは、考えもしなかったことでした。小学校の時も中学の時も、何人かそういう人はいたし、学校もずっときらいでしたが、まさか自分がその当事者になるなんて、、、夢にも思っていませんでした。たぶん、不登校になる人みんなそうだと思います。


これだけ「学校に行く必要がどこにあるの」「学校教育なんてクソやないか」と文句を言っていても、やっぱりできることなら「みんなみたいに普通に学校に通いたい」という思いは少なからずあったんですよ、わたし。そりゃそうですよ、その方が精神的も肉体的にもラクだもん(笑)

だから、毎日朝早く起きて、どんなに辛くても学校行って、、、という、当たり前のことがすんなりとできる人のことは、これでもすごく尊敬していました。

なので、それができない自分のことがずっときらいだったし、あの日マクドで見た女子高生たちの光景は、正直わたしにとっては理想の女子高生像であり、羨ましく思う部分もたくさんありました。いくら学校がきらいだとは言え、個性を奪われるのがいやだとは言え(笑)いわゆる「普通ではない道」を歩むことは、そう簡単なものではありませんでした。

*1:当時の文科省の統計より。